「レ……レン……さん?」
  瑞穂という名前は初めて聞いたが、話の流れでそれが、大和と一緒にいたあの美しい少年であり、彼が敬愛するボスの弟だろうことは推測できた。だが、一気に捲し立てられたレンの反撃で、峻はすっかり慌ててしまい、それを確認して明確にする暇もなかった。
「しかも君が俺にした仕打ちも、大概心ないと俺は思う」
  これまで何も言わなかったレンが、ここに来て畳みかけるように、峻へその思いをぶつけてくる。
「そ……そうかもしれないけど……けど、今まで一度もそんなこと……」
  たじろぎながら反論の言葉を探しつつも、どこかで嬉しいと思っている自分がいた。彼がぶつけてきた思い……それは紛れもない嫉妬だ。峻が淡い恋心を抱きながらレンの元へ弁当を運んでいたそのとき、レンもまた峻と変わらぬ想いを自分に寄せてくれていたのだ。
「そうだな……だから俺はまた支配人に呆れられ、君との恋まで失いそうになっていた。正直に言うと俺は怖かったんだ……。俺は君を襲ったアイツらと同じ、アグリア人の血を1/4引いている。アグリア人だった祖母は、俺の目から見ても綺麗な人だったし、穏やかで品のある女性だった。なのに、その血をたった1/4受け継いだだけの俺には、祖母とは違って、あいつらと変わらない暴力的な側面があるんだ。それを自覚しているから、日頃はなるべく興奮しないように意識している。それでもやっぱり、一度カッとなったらなかなか自分が抑えられない」
「レンさん……」
  確かにレンが言っていることはわからなくない。峻を助けるために駈けつけてくれたレンが、ガード下を狭しと暴れ回る姿は、日頃の穏やかなレンとはまるで別人だった。それに、以前から用心棒として『ティアモ』の前に立つ彼が、目の前で起きる喧嘩や揉め事を、迅速に収める手腕とて、おそらくアグリア人の血が持つ激しさと喧嘩の強さに裏打ちされたものなのだろう。
「格闘するだけならいい……目の前の敵を倒すだけなら。けど……劣情が抑えられなくなったときが、俺は一番怖い」
「それって……」
  激しい気性を持つアグリア人の血が彼に流れているなら、同じように強い性欲も備えている……それをレンは自覚しているということだろうか。だとすれば、……彼はこれまで、どのような恋愛をしてきたのだろうか。それを考え、峻は……心がざわついた。
  ふとレンは苦笑する。
「君が何を考えたか……大体想像が付くぞ。まあ、俺もいい年だから未経験ってわけじゃあない。だが、それを言うなら……」
「わかってるって、もう、その話はいいよ……」
  またもや大和の件を蒸し返されては堪らないと思い、峻は慌てて話を止めようとした。
「ハハハハ、俺もしつこいな。じゃあ、そこへ戻るのはなしにしよう。……俺も人並みに経験はあるが、幸か不幸かみんな年上で、俺よりも手慣れた相手ばかりだった。そして全部アグリア人だったんだ……つまりこれまで、俺と同じぐらいか、あるいはそれ以上に性欲が強いアグリア人を、何人も経験している相手ばかりってわけだ。彼女達から見て、カミシロ人との混血である俺は、それなりに魅力があるらしく……まあ、お蔭で相手には困らなかったよ」
「ああ、そう」
「つまり今までは、相手を傷つけるんじゃないかって心配は無用だったわけだが……おい、そう厳しくしないでくれよ……君が初めてだって言ってるんだから」
  思わず膨らませていた頬を、指の先でツンツンと突かれた。振り返ると困ったようにレンが微笑んでおり、峻は首を捻る。
「……どういう意味?」
「愛しい相手を、俺の欲望なんかの為に壊したくはない……そう思うのに、知れば知るほど欲しくなる……そんな感情は、生まれて初めてだ。だから、どうしていいかわからず……君が怖くて仕方がなかった」
「レン……さん」
「峻……俺は君が多分思ってくれているほど、優しくも強くもないし、己の情欲にきっとすぐに流されて、きちんと君を気遣うことも出来ないと思う。君のお父さんが俺を警戒するのは、当たり前のことだ」
「そんなっ……どうしてここで父ちゃんが出てくるんだよ」
「まあ、そう言うな。実は昨日、おそらく君がお父さんと喧嘩をしたすぐあとで、ウチに来られたんだ」
「来たって……まさか、父ちゃんが?」
  何かまた、父がレンに酷いことを言ったのではないかと峻は恐れた。
「いつから君が俺のところに通っているのかと訊かれて、それから全額返金されたよ。素人弁当で金をとるわけにはいかないからって。……それだけだから、君が心配するような内容じゃないよ」
  峻は拍子抜けした。
「なんだ……びっくりした。けど、ちょっと安心したかも」
  もともと弁当の件は峻が勝手に始めたことであり、レンが遠慮をした為に折衷案として紅葉が金を受け取れと言いだしたものだ。峻とて抵抗はあったが、そうすることでレンに近づくことが出来るなら受け取ろうと決めたのだ。
  レンは苦笑する。
「お祖母さんのお店の話も伺ったよ。本当にお気の毒だった。お父さんが君と俺の仲を心配するのも当然だ。俺もこの街で、この国で、俺の一部の祖先がしたことや、今なおアグリア人がしていることに怒りを感じている。だからこそ、俺は社長についていこうと決めたんだ」
「レンさん……」
   一部の祖先……それは1/4だけ彼のルーツがアグリア人であることを意味しているのであろう。あの美しい彼のボスが何者であるのかは峻にはわからない。しかし、話の成り行きから、なんらかの形でアグリア人と対立していることだけはわかった。そしてレンは1/4だけ彼のルーツであるアグリア人ではなく、カミシロ人としての立場を、少なくとも意識としては持っていながら、それでも同時に、彼自身が憤り、嫌悪の念すら抱いているアグリア人の血も引いている現実を、逃げずに直視しているのだ。なかなかで出来ることではない。
   父と話し、祖母の悲劇を知って、アグリア人の血を引く己を自覚し、峻を守ろうとする。レンの気持ちは嬉しい。しかし、峻の心は峻のものだ。どうするかは自分で決める。
「……父ちゃんが何て言おうと、関係ない。俺は俺だから……ずっとレンさんといたいよ」
  しっかりとした峻の言葉を受けて、レンは一瞬だけ微かに目を見開いた。
「きっと……俺はずっと、心の底から君にその一言を言わせたいと思っていたんだ。そしてそんな君の純粋さに付け込もうとしている……恨んでくれていい」
  警告めいた言葉を口にすると、吊りあがった目を怪しく光らせて微笑んだ。すっと手が伸びる。
「レン……んんっ……」
  身体を引き寄せられ、再び口唇が重ねられる。強く、弱く、絡めた舌に吸いつかれたかと思うと、次には上下の口唇を交互に軽く歯を立てられ、歯列を舐められ……峻を翻弄するような、経験の多さを感じさせるキスだった。
  そうしている間にも、シャツの下へ忍び込んだ大きな手は、汗ばんだ肌を這いまわり、脇腹を撫でられ、胸の尖りを爪で引っ掛けられ、その度に、峻は小さく息を呑み、レンの上で身体を跳ねさせる。
「君が傷付くのを見て、あんなに激しい憤りを感じたっていうのに……俺はあいつらと同じだ……」
「レンさん……そんなこと、ないから……ああっ、んっ……」
  指先で尖りを摘ままれ、強く捻られる。痛さと、それ以上の官能が峻の神経を痺れさせた。そしてデニムのウエストへ手をかけられる。
  家を出てくるときには確かに絞めていた筈のベルトが、いつの間にか無くなっていた。ウエストのボタンも糸が切れかけており、その原因を考えるだけで峻は身体が竦みそうになる。自分の身に起きた事象以上に、目の前でレンがどうなったかをまざまざと思い出すのだ。思わず峻は、レンの手に自分のものを重ねた。
「怖いか……峻?」
  峻は首を横に振る。
「そうじゃなくて……俺よりも、レンさんをよくしてあげたいから……」
  既にスラックスの前を盛り上げているレンのものへ手を掛け、峻は相手に負担をかけるような今の体勢から、ソファの下へ降りようとした。その手首を掴まれ制止される。
「俺の事なら気にしなくていい」
「そんなわけには……」
「よくしたいって思ってくれるなら、なるべく協力してくれないか?」
「協力?」
「早くコイツを君の中へ収めたいんだ」
  言いながら、レンの掌が手首から身体の後ろへ伸ばされ、臀部をそっと撫でられた。峻は顔を真っ赤にする。
「わ……わかったから……ちょっとだけ待って……」
  峻は膝立ちになると、自分で下着ごとデニムを下ろした。続いて、足を一本ずつ衣類から引き抜くとレンの目の前で前屈みになり、自分の指先を舌の上で濡らす。
「何を……しているんだ?」
  若干目元を赤くしながらレンが訊いてきた。ソファの背凭れに手をついて体重を支えるようにすると、濡らした指先を後ろへ回し、自分で孔を探った。
「慣らした方が早く入れられるから……んんっ……」
  数時間の経過ではまだ癒えない傷口が、刺激による痛みを訴える。だが、そこにはいい場所があることも峻は知っている。いつかセックスするときを思い描き徐々に自分で慣らして、漸く最近後ろで極められるようになっていた。それでも、実際のセックスでは、未だ快感が得られていないことも、また事実だ。
  指を1本潜り込ませて、いい場所をゆっくりと探し始めた。目の前の男が、ゴクリと喉を鳴らす。
「生殺しなんだが……」
「うん……レンさんのも、してあげる……」
  そう言うと峻は、ソファへ突いていた手を放し、さきほどよりも更に嵩を増している男の股間へ手を伸ばす。そしてやはり治療の為にベルトを外したままである太いウエストからボタンとファスナーを外し、ボクサーショツを露わにする。黒い生地の下でその形を浮かび上がらせているものは、下着越しに見てもかなりの大きさだ。
「このままずっと眺めてる気なのか……?」
  峻は思わず口唇を寄せ、熱と脈打つ鼓動を肌に感じた。
「凄い……」
「糞っ……どうしてそう……」
  何かを言いかけたレンは、しかし言葉を切ると、すっかり乱れた自分の短い髪に指を入れて、乱暴に掻きまわす。いつもはスパイシーな香りのワックスできっちりと整えられ、落ち着いている印象のある彼が、そうすることで年相応に見えると峻は思った。余裕のない粗雑な素振りが、親近感と可愛らしさを感じさせて好感に繋がるという、意外な発見だった。
  峻は目の前の下着をずらし、男の物を空気に曝す。
「うわっ……」
  勢いよく飛び出した男性器は、ハッと息を呑むほどの存在感があった。勃起した先端は僅かに上を向き、傘の貼った部分は、峻の手首程も太さがあるのではないだろうかと思えた。陰茎には縦横無尽に太い血管が張りめぐらされ、茂みの濃い根元は、たっぷりと精液を収めた陰囊が重々しく垂れさがっている……それを全て受け止めたとしたら、一体自分はどうなってしまうだろうか。峻は我知らず、ごくりと喉を鳴らした。
  さきほど目にしたパジュという男のものも、恐怖を覚えるほどの大きさがあり、無理矢理挿入されて峻は殺されるだろうかと怯えたが、ひょっとするとレンの物はそれ以上に大きいかもしれない。こんなものを果たして本当に自分は受け入れられるのだろうか……峻は躊躇した。
「大丈夫か……?」
  不安が顔に出ていたのだろうか、気遣うような声音でレンが峻の様子を窺った。峻は返事をする代わりに男のものに手を添え、その先端へ口付ける。
「ん……」
  低い呻きが頭上で聞こえ、ほとんど同時に手には収まりきらない男の物がピクリと反応を示す。同時に峻は己の孔へ収める指の数を増やした。
  レンの反応は顕著だった。先端を口に含み、舌先でくびれをなぞって、裏筋を指先で刺激する。それだけで口の中いっぱいに苦い粘液が広がっていく。ただでさえ手に余っているものが、ますます嵩を増し、気付けば目の前にいきり立っていた。もう一度口に含み、出来る限り喉の奥まで咥えて、輪のようにした口唇に圧力をかけると、頭を動かし男の物を大きくスライドさせて出し入れさせる。
  先端が喉を突く度に目の前が涙で滲み、格好悪い話だが、鼻水まで出てくる。
「も、もう……いいから」
  思わずといった感じで制止の声がかかり、髪を強く掴まれた。
「レンさん……?」
  もう少しで極めてくれそうだったのに、多少恨みがましい気持ちで、鼻を啜りながら見上げると、情欲に満ちた目が峻を見下ろしていた。それはさきほど峻を凌辱していた男達と変わらぬ、獣の目だった……。
「お前がほしい……」
「えっ……」
  突然前方に引っ張られ、情熱的に抱きしめられて、芽生えそうになった恐怖心がどこかに吹き飛んだ。不安定なソファの上でバランスを崩し、思わずレンの胸へと倒れ込む。
「わっ……ごめんっ…」
  また包帯に触れてしまい、怪我に障ると思って退こうとした身体は、しかしレンの手によって引き止められた。
「構わん……入れるぞ」
「え……んあっ……!」
  濡れた先端が解しかけの孔に触れ、刺激で顔を顰めた。次の瞬間、男が峻の腰を抑え、一気に奥まで入って来る。
「ひあっ…………」
  掠れた悲鳴が口から飛び出た。堪らず厚い胸に手を突いたが、腰を浮かせる猶予さえ与えられず、相手は容赦のない動きで、下から一気に峻を揺さぶってくる。
「は……ああっ、ああっ、ああっ、レンさ……んあっ……」
  強引に傷付けられた痛みも癒えない場所へ、容赦なくねじ込まれ、こじ開けられる感覚。熱を持ち、擦り切れて、痛くて仕方がない筈なのに、それでも目の前の汗に濡れた温度の高い身体と、盛り上がった胸や、見事に割れた腹部の筋肉と、何よりも悩ましげに眉間へ皺を寄せ、峻の身体へ溺れてくれているのであろう男の表情を見ていると、峻もいつしか行為に溺れていった。
「レンさんっ、レンさんっ、……好き……愛してるっ……」
「峻……俺もだ……愛してる」
「ああっ、ああっ………レンさんっ……んっ、んん……」
  同時に口唇を奪われ、必死になってそれに応える。情熱的に求め合い、極めてもなお、萎えぬまま体位を入れ替え、今度は後ろから求められた。
  レンのセックスは、まさに本人が自覚しているとおり、アグリア人達と変わらぬ激しさと、性急さを持っていた。同時にそれは、相手に対する想いの強さを全身に溢れさせ、峻を隅々まで満たしてくれた。
「も、もう……また、いくっ……」
  かつてセックスで味わえなかった筈の性感が、いとも簡単に峻を痺れさせ、弾けさせた。
「ああ、……峻……いっていいぞ……」
  再び正面から抱き合い、峻が何度目かの射精感を訴えると、レンがわざと峻のいい場所を集中的に刺激してくる。峻は必死に首を振って抵抗した。
「いやだ……俺ばっかり……レンさんも……」
  レンも一度は弾けたが、峻の方がずっと多い。だが、涙声で訴える峻を目にして、レンのものもズクリと大きく脈打った。
「あ……レンさん、今……ひゃ……」
  腰を強く捉えられ、一気に下から突き上げられる。勢いの強さに焦って、峻は相手を制止しようとしたが無駄だった。
「峻が可愛いすぎるからいけないんだぞ」
「や、やだ……駄目っ、激しいっ……ああっ」
  最初は半分しか入らなかったレンの物は、今はすっかり根元まで収められ、大きく開き、真っ赤に染まった粘膜のトンネルを、猛スピードで出入りしていた。入り口が白く泡立ち、肉付きの薄い臀部や絡み合っている互いの陰毛をしとどに濡らしている。何度も打ちつけられた尻も、痛々しいほど真っ赤だ。
「やっ、やあ、ああああああああああああああああっ」
「くっ……峻っ……」
  ひと際大きく峻が嬌声を上げ、何度目かの精を放つと、レンも低く呻き、華奢な少年の体内へドクドクと濃い粘液を解放し、溢れさせた。
  レンはその後も本能の赴くままに相手を求め続け、それはいつしか気を失うようにして峻が事切れるまで繰り返された。狂った宴は、レンが峻の失神に気付き理性を取り戻すことで、漸く終わりが見える。折しもそれは、日が沈みかけ、大して疲れのとれぬまま、出勤してきた紅葉が、情けなくも、素っ裸でおろおろとしているレンを、発見と同時に叱責することで、確実なピリオドを打つことが出来たのだった。
「まあ、焚きつけたのは確かに俺だが、ここまでやるとはね……」
  力なく横たわる峻の脈を計り、口元へ頬を寄せて、呆れながらレンを振り返る。
「まさか峻……俺のせいで……」
「そうだなあ……とりあえず、妊娠でもしてたら責任とってやったらいいんじゃないか?」
「えっ……だって、峻は……」
  小さな目を丸くすると、紅葉と峻の間で何度も交互に視線を移動させる。滑稽きわまりないうろたえぶりに、紅葉は吹き出した。
「冗談だ。……といっても、お前なら本当に、進んで自分から責任をとりそうに見えるが……峻君はただ疲れて眠ってるだけだろう」
「なんだ、もう……驚かせないでくださいよ……」
「人の事より自分だろ。まったく……これが死にそうな怪我をしてまでやることか、この野獣め。まったく……ああ、もしもし、秋津の代理の者ですが、……院長先生に取り次ぎお願いできますか?」
  峻から離れた紅葉が、早朝と同じく速やかに電話を架ける。その行動を不思議に感じながらレンは自分を見下ろし、未だに包帯以外は全裸の身体を確認して納得した。
  間もなく大八島病院から血相を変えた院長が到着し、傷口の開いたレンの手当をすませると、強制的にその日は欠勤扱いにされ、そのまま1週間の自宅謹慎と療養を支配人から厳命された。

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