「いやっ……やめろぉっ!」
叫んだ声は薄暗いガード下に高く鳴り響いた筈だ。しかし始発も走り始めていないような時間帯では、誰も助けに入ろうとはしないだろう。たとえ真昼間でも大柄で血の気が多いアグリア人が3人もいれば、進んで関わろうとするモノ好きはいないかも知れない。
必死に身を捩って足をバタつかせるが、それ以上に強い力で身体が地面に押さえつけられている。
「おい、リモン何してやがる……さっさと脱がせろ」
パジュが両手を拘束するような形で背後から峻を抱えながら、下半身の物を脱がせようとしているアロハの男に言った。口調が少々呆れているようだった。
「なんか、……これ複雑で……畜生、どうなってんだ?」
リモンが格闘しているものは、この春先にマホロバ駅前商店街のショッピングビルで見かけて衝動買いをしたコンバットブーツだった。ときどき大和が学校へ履いてくる個性的なブーツと少し似ていて、何かの話のきっかけになるかもしれないと期待して買ったのだが、今現在その期待は峻に大した効果を生み出してはくれていない……いや、あるいは大和とデートし、セックスをしたことが、ひとつの効果と言えるのかも知れないが、それがこのブーツと関係があるのかはわからない……おそらくないだろう。結局今は、大和とは関係なく、気に入って峻がよく履くブーツのひとつとなった。
ブーツはレースアップの上から両足首にバックルが掛かっており、左踝の上付近に小さなガンホルダーまで付いている。脱がせようとした細身のデニムが、どうやら足首でひっかかり、ブーツが先だと気付いたものの、どこから手をつけていいのかわからず、リモンは手間取っているようだった。
「貸せ」
隣で煙草を吸いながら見物を決め込んでいた作業着の男が、アロハを押し退けて峻の足元へ回った。一瞬の隙に峻は身体を動かし、デニムを絡ませた足が地面を蹴ったが、間もなく作業着の男に捉えられた。
「押さえてろ」
命令されてアロハの男が峻の両膝を抱え込む。3人の関係ではこのアロハが一番下っ端のようだった。
デニムを脹脛まで戻し、作業着の男が後ろのファスナーを下げると、左右の足からブーツが取り除かれた。続いて下着ごとデニムを取り払われる。
「へへっ……やっと御開帳だな。ほらよっ」
アロハが膝を割り、心もとない局部が顕わにされた。そこへ脇から固い掌が伸びる。
「んむーっ、……めろおーっ、やめろーっ!」
漸く口元が解放され、峻は首を振りながら叫んだ。
「黙って任せてろって、すぐよくしてやるからさ。このパジュ様にイチモツ入れられて、泣きよがらねえオンナはいねえぞ?」
手の甲と手首が腹部や太腿を掠める度に、アグリア人特有の硬い体毛が柔らかい皮膚に突き刺さり、チクチクと痛い。
「触るなっ……」
「さすがにこいつはオトコでしょ。この間のガキは両方付いてたけどさ」
アロハの男が可笑しそうに、誰かの話をする。それはおそらく、今こうして峻と同じように捕えられ、嬲り物にされた彼らの犠牲者の話だろうと感じられた。両方付いているという言葉の意味がよくわからなかったものの、それを深く考えるほどの余裕もない。
目の前では食い入るような眼差しで、アロハの男が峻の股間を眺めている。パジュの大きな掌が露出させた峻のペニスを握り閉め、上下に動かした。手のサイズの割に、性器へ与える圧力は強過ぎず、緩急を付けて裏筋を刺激されれば、あっという間に硬度が増す筈だったが、強いられた状況が峻の神経を快感へ直結させなかった。
「嫌だっ、放せっ……!」
身体を捻り、自由になる腕を必死に動かす。肘や拳が、パジュやアロハの顔や腕に強く当たった筈だが、巨躯の男達はビクともしない。
「五月蝿いぞ」
低い声が頭のはるか上で響き、視界が暗くなる。次の瞬間に片手で後頭部を捕えられ、目の前に、カミシロ人よりは明るい色の体毛の茂みと、そこからダラリと垂れさがっている、長く太い男性器が迫っていた。もう一方の手で顎を捉えられる。
額関節に強い握力をかけられ、顔面に股間を押し付けられた。鼻や頬へ固い陰毛と肉の塊が迫り、反射的に獣じみた男の体臭を肺まで吸い込む。そうすると、目前に迫っているのであろうレイプという事象を、一層現実的なものとして感じられた。
「やめっ……ぐあっ」
無理矢理口を開けさせられ、口内に性器を押しこまれる。
「舐めろ」
同時に尻の表面を熱く固い物で撫でられて、次に何をされるのかを察知する。
「ん……むぅーっ、うーっ」
必死に抵抗を示すが、口の中には大きな性器が喉まで詰め込まれ、身体は背後から腰をがっちりと捉えられ、両足も腕で抱えるようにホールドされていては、まともに言葉を発することも、身体を動かすことも出来はしない。
「へへっ……じっとしてろって、すぐに気持ちよくしてやるから」
さきほどまで峻のペニスを擦っていたパジュが、いつのまにか己の物を取り出し、握り締めており、背後から自分を犯そうとしていた。別の腕を峻のウエストへ回し体重を支えながら、器用に性器を尻の窪みへと沈める。
「んんーっ、んんーっ」
熱い物で皮膚をなぞられたのち、濡れた先端がすぼまりへ押し付けられた。強すぎる圧力がかかり、めりめりと後孔が広げられていく。酷い痛みとショックと恐怖で、峻は悲鳴の声すらもあげられなかった。
口の中では、押し込まれたものが徐々に嵩を増し、傍若無人に咽喉を突いている。粘液の苦さと強い臭気が峻の中で広がり、身体だけでなく頭の隅々まで犯されている気がした。
「くっ……きつすぎるな……ひょっとして処女か?」
狭い器官へ、背後の男が自身の物を半分ほど収めながら、苦しそうな息を漏らした。目の前のアロハが峻の萎え切ったペニスへ手を伸ばしてくる。その瞬間に片脚が自由になったが、すでに抵抗する気力を失っていた。
「ん……ふ……ん……」
じわじわと体内をこじ開けながらねじ込まれる痛みと、喉の奥を繰り返し突かれる苦しさで、次第に峻は思考力を奪われる。
「全部収まったぜ……」
下卑た声が耳元で囁く。そして峻は下から揺さぶられた。
「んんっ……ふんっ……」
初体験でないとはいえ、峻の経験は一度きりだ。そのときも大和に好かれたい一心で必死に応え、気持ちの良い振りをしたものの、結局、セックスは峻に快感をもたらさなかった。それでも、好きな男と身体を重ねた充足感があった。
だが、こうして暴力的に無理矢理受け入れさせられる痛みは、過去の経験の比較にならない。体格も力もカミシロ人を圧倒しているアグリア人に押さえつけられ、暴力的に受け入れさせられることは、もはや破壊行為に近い。なにより、噂には聞いていたがアグリア人の性器は凶器とすらいっていいほど巨大で、峻の身体がこのままバラバラにされそうな恐怖が、心に吹き荒れていた。
内側から内臓を押し上げられる不快さで、幾度となく嘔吐感を覚えたが、頭を押さえられ口腔から喉まで隙間なく蓋をされて、吐くことも許されない。いっそさっさと殺してくれた方がましだと峻は胸の裡で嘆いた。
これまで峻は、カミシロ人がアグリア人を迫害したと思いこんでいたが、どこかで違和感も覚えていた。だが、力によって嬲られている今、もはや過去の歴史などどうでもよくなった。こうして直接的に触れ合うアグリア人は猛獣でしかない。彼らが自分達と同じ理性や倫理観を持つ人間だとは、とても思えなかった。
「……いいぜっ……今、中に出してやるからな……」
後孔を犯す動きが急にスピードを増した。射精が近いのだと本能でわかる。
「くっ……」
口を犯す男も低く声を漏らし、もうすぐ出されるのだとわかった。峻のペニスを刺激している男も、いつのまにか自分の物を取り出し、忙しなく両手を動かしながら勃起させている。淫靡な水音とともに、尻を激しく打ちならす音が大きくガード下に鳴り響く。
「うう……くっ……」
これまで以上に身体を強く揺さぶられ、次の瞬間、男が背後で苦しげに呻いた。体内に熱い感覚がじんわりと広がる。中で射精をされたのだとわかった……。ほぼ同時に口腔へも吐き出され、それが喉の奥でまとわりつきながら峻の食道を伝い降りていった。
「うっ……あぁっ……」
対面していたアロハの男も、萎えたままの峻のものを握りしめながら自分だけ極める。
「ぐ……はぁ……げほっ……」
漸く口が自由になり、峻はその場で激しく咳き込んだ。視界が涙で大きく歪む。
「代われ」
体内から萎えた物が出て行ったかと思うと、すぐに別の性器を後ろから押し付けられた。
「もう……やめて……」
自分でも聞いたことがないような、情けなく力のない声が口から零れ出た。
「糞、また中出ししやがって……」
作業着の男が舌打ちしながら、その場へ何かを吐き出す。徐々に明るさを増している足元のアスファルトへ、短くなった煙草の吸いさしが転がり、煙を一筋立ち上らせた。
「うあぁっ……」
太い人差し指で乱暴に孔を掻きまわされ、続けて再び体内をこじ開けられて、一気に奥まで犯される。挿入される苦痛は、パジュに入れられた時と比べてずっとましだった。おそらく孔が広がったせいだろう。
口を犯していたときと同様、作業着の男は最初から傍若無人に肛門も犯し始める。
「ああっ、ああっ、ああっ……」
塞がれていない峻の口元から、次々と悲鳴のような声が飛び出した。
「まったく、乱暴な男だよなあ。おまけにダークは粘着質だから、覚悟しろよお嬢ちゃん……」
今度は見物を決め込んだらしいパジュが、ニヤニヤと笑いながら言った。隣でアロハがもぞもぞと自分の物を収め、服を整えている。どうやら彼は直接に峻を犯す気はないらしい。あるいは彼らのうちに確立されているらしい力関係がそれを許さないのかも知れない。
「痛いっ……嫌だ……やめて……」
激しく揺さぶられ、腫れあがっているであろう場所を猛スピードで刺激されて、火がついたような痛みと熱さを感じた。さらに堪えていた嘔吐感が、再び峻を襲う。
「痛いってよ。少しは俺みたいによくしてやる努力をしろよ、下手糞野郎」
「そういうことは、自分が密かに何て言われてるか調査してから口にしろ」
「何言ってやがんだ。チーセダのパジュっていやあ、名前聞いただけでアソコが濡れない女はいないぜ」
「そいつは名誉だな、めでたい野郎め。ついでに口だけの間抜けなお調子者って言われてることも、覚えといたほうがいいぞ」
「口説き上手で明るく楽しいイケメンお兄さんの間違いだろう? もう、モテまくりで困っちゃうぜ」
「はいはい、少し黙っててくれるか……ん……」
下世話な会話を交わしながらも、背後の男、ダークが低く呻きながら身を引く。終わってくれるのかと思えば、今度は身体を返され、正面から足を抱えられた。身体がずり落ちそうになり、咄嗟に峻は目の前の男の、肉厚で固い肩へ手を回し、不本意ながら縋りつく体勢になる。
「うわ……その形いいな……俺も次それやろう」
「うらやましいっす……」
見物人の二人が口ぐちに呟く。
「ああっ……」
今度は正面から貫かれ、また最初から激しく揺さぶられる。相手の物はすっかりいきり立ち、今にも弾けそうなのに、しつこく責め立てられ峻は息も絶え絶えだ。この調子でいつまでも続けば、本当に身が持たない……、そう考えていたとき。
突然背後で大きな破壊音が聞こえ、ほぼ同時にガード下へ男の絶叫が響いていた。
「うわっ……な、なんだっ……!?」
アロハの男が飛び上がるように一歩退き、踏み下ろす足のバランスを崩して、その場に尻餅をついている。彼の目の前を、大きな物体が猛スピードで横切り、アスファルトで破壊され、小さな破片がほうぼうへ飛び散った。
耳を覆いたくなるような衝撃音が、早朝の空気を揺るがす。地面にはどこかで見たことがあるような形状のミラーやグリップ、ペダルとともに、小さなプラスチック材が分散し、それでもほぼ原型を保っているスクーターが道の真中に倒れていた。
「嘘……」
記憶に間違いがなければ、それはガード下の入り口に違法駐車されていたバイクだろう……どうしてそれがこんな場所にあるというのか。倒されたバイクは、どくどくとタンクから燃料らしき液体が流出し、水溜りを作っている。このままにしておくのは危険だろう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
再び雄叫びが聞こえ、こちらへ猛突進してくる男の顔を見た。
「レンさん……!」
「こ、こいつ何なんだよっ……」
アロハの男が慌てふためきながら腰を上げて、ぎりぎり突撃を躱すが、レンが体勢を変えるほうが一歩早い。
尋常ではない身体のバネだ。
「ぐがっ……」
まともに拳を浴びてアロハが地面に伸びる。
「ふざけた真似してんじゃねえぞ、ガキがっ!」
パジュも参戦しレンと揉み合う。壁際に押し込まれて、レンは拳や肘の連打を浴びるが、どれもギリギリのタイミングで躱し、いくつかはヒットしたものの、ちゃんと急所は外させているようだった。
「糞っ……」
「あ……」
体内からずるりとペニスを引き抜かれ、漸く峻は解放される。拘束が外れて、男から放れようとするが、すっかり消耗していた身体は間もなくバランスを崩し、その場へ無様に跪いた。
その瞬間、二人の男から注がれた物が、体内から内腿へと流れ落ちる感覚に気付き、疲労と不快さに峻は顔を顰める。
「峻……」
レンの注意が格闘相手から逸れ、名前を呼ばれた峻は、助けに来てくれた男を縋るような気持ちで見つめた。
その瞬間、峻は目を見開く。
「レンさん後ろっ」
「ぐっ……」
いつのまにか立ちあがっていたアロハが、手にしていたものを一気に振り下ろす。スーツの腕を抱えてレンはその場に蹲った。アロハはプラスチックの鋭い破片を手に、狂気じみた目をして、跪いたレンを見下ろしている。破片の鋭角な先端からは赤い雫がポツポツと滴り、生地が黒くてわかりにくかったが、切り裂かれた場所を押さえているレンの指の間が、徐々に鮮血で染まっていった。
「レンさんっ……!」
「来るなっ!」
ふらふらと近づこうとしする峻の動きを制すると、レンは再び立ちあがり、振り向きざまにアロハの手元を蹴りあげる。
「うわっ……」
アロハの手元から血濡れたプラスチックが弾け飛んで、アスファルトへと転がり落ちた。
「舐めてんじゃねえぞ、糞ガキがあああ」
続いて拳を送り込もうとしたパジュの腕を捉えて、今度は頭突きで応戦する。そして蹴りあげた長い脚がどうやら側頭部へクリーンヒットしたらしく、パジュがフラフラとよろめいた。
「てめえっ……」
そこへダークが参戦するが、一瞬早くレンは攻撃を交わし、今度は鳩尾へと膝をめり込ませ、相手をダウンさせる。
「凄い……」
レンは圧倒的に強かった。恐らくはアスファルトへ倒れ、破壊されたこのバイクを、放り投げてきたのも彼なのだろう。持ち主には気の毒だが、レンの激しさと強さと、そして自分の為にこれだけの行動を起こしてくれている情熱に、猛烈な感動があった。
「畜生っ……」
だが、ふたたびアロハがプラスチック背後からレンへ迫る。その手には丈のある金属棒が握り締められていた。
「レンさん危ないっ」
「峻っ……!」
咄嗟に駈け出した峻は、間に身体を割りこませてレンを庇おうとした。
「ああっ……」
剥き出しの肩に鋭い痛みが走ったかと思うと、熱く焼け付くようなその場所からどくどくと鮮血が流れ落ちていた。
「峻っ!」
「レンさん……?」
気付いたときには強い力で抱きしめられ、スーツの巨躯に峻は包まれていた。
「うっ……ぐあっ……」
目の前の大きな身体越しに、強い振動や、何かに耐えるような呻き、そして早い鼓動が伝わってくる。
「レンさん……どうしたの? やだ、……ねえ、大丈夫なの……!?」
自分を庇い、レンが一方的に相手の攻撃を一身に受けているのだと、すぐにわかった。
「すぐに……手当……してやる……から……」
血まみれの右手が峻の腕を掴む。その手には襟元からスルリと抜き取られた彼のネクタイが握られていた。金属で切りつけられた峻の怪我を止血しようとしてくれているのだ。その手を峻は思わず掴んだ。
「何言ってるの……レンさんの方が、よっぽど酷い……ねえ、ここどけて……早く逃げないと……」
跪いている大きな胴をゆさゆさと揺さぶるが、レンはそこを動こうとしない。心なしか、顔色がどんどんと悪くなっていた。
「峻……すまなかったな……」
「レンさん……?」
力のない声で謝られ、次の瞬間力が尽きたようにレンが目を閉じた。前から圧し掛かる体重がぐっと重くなる。
「レンさん……嫌だよ、レンさんっ……!」
そこへ次々と近づいてくる車のエンジン音が聞こえた。
「糞っ、一心会か……」
吐き捨てるようにパジュが言うと、それを号令にしたように、3人は反対側の出口へ向けて走り去って行く。
「峻君、無事か!?」
聞き覚えのある声に呼びかけられ、現場へ駆けつける足音を耳にしても、峻は意識のなくなった男の身体を放しはしなかった。
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