「ショウ、俺だけど……」
『え……嘘……。あの、ちょっと待って』
 玄関ドア脇にあるインターホンを押してから、待たされること10分。
 ユウとともにカラーレスのオリジナルメンバーであり、今やJロック界きってのギタリストであるショウこと穂高昭二が住むマンションの1階は、当然ながら安心のオートロックだが、何度も訪問しているユウは住人が使う暗証番号で入り、部屋の玄関前まで来ていた。
 ミュージシャンらしく防音設備もしっかりしているため、中の様子は窺えないが、どうやらタイミングが悪かったらしく、これでも芸能人のユウは、今、バンド仲間に放置され、廊下で一人震えていた。
 もう一度インターホンを押す。
「寒いんだけど……」
 一応繋がったが今度は無応答で切られた。
「なんっだよったく……!」
 ユウも切れそうになる。
 そのとき、漸く目の前のドアが開き。
「きゃっ、嘘……マジでユウだ!」
「は!!?」
「いいから、帰って」
 背中を押され、女がつんのめりそうになりながら転げ出てくる。続いて女物の白いショートブーツが宙を舞い、女が廊下へ座りながらそれを履く。中から住人が投げていた。
「超レアじゃーん! すごーい、顔小っちゃーい!」
「え……どういうこ……うわ、おい……」
 膝を剥きだしにしながら、ブーツのファスナーを上げる女の間抜け面へ、動揺を隠せぬまま茫然としていたユウは、突然中から手を引っ張られ、今度は自分が三和土に跪いた。その背後でドアが閉まり施錠音が硬く鳴り響く。
「ごめん……返事なかったから……来ると思わなくて」
 こちらもまた動揺を隠しきれぬ声で、ショウが言う。慌てていたのか、息が少し粗い。何をしていたのだと、どうしても思う。
「悪かったよ、お楽しみのところ……それにしたって、あの子いいのか? 怒ってはいなさそうだったけど、あんな追い出し方して……」
 年齢は自分達よりもう少し年下だろうか。
 背中まである長い髪をハニーブラウンに染め、ややウェーブがかかっていたが、それ以外は派手な印象がなく、今どきつけ睫毛もしていない薄化粧。服装は白いウールのコートと中には淡いピンク色のハイネックセーターにチャコールのプリーツスカートは膝丈。ストッキングは肌色、そしてショウから乱暴に扱われた白いショートブーツ。清楚とすら言って良い組み合わせ。おそらくショウ好みのファッションだ。
 自分を呼ぶつもりが返事をしなかった為、キープしていた女を呼ばれたのだろうと思うと、ユウはムカムカと腹が立った。
「べつにいいよ。勝手に入ってたから」
「勝手にって……、帰る」
 鍵を開けようとして、また後ろから手を引かれた。
「なんで? せっかく来たんだし、上がって行きなよ」
 『勝手に入っていた』ということは、自分と同じように何度もショウの部屋を訪問しており、オートロックの解除番号を知っているだけでなく、既に部屋の合鍵も持っているのだろう。普通に考えれば、恋人だ。
 ショウの女癖の悪さは知っていたが、特定の彼女がいることは知らなかった。そんな相手がいると知っていれば、連絡してから来たというのに……と考えると同時に、これ以上もないほど胸がしくしくと痛んで仕方がなかった。
「断る。さっきの子呼び戻せよ。まだ近くにいるだろ」
 言いながら涙が零れそうになり、ぐっと堪えた。


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