「いつ俺とお前が付き合ったんだ?」
「恋人宣言しちゃったのは謝るけど、これでも僕はユウを助けたつもりなんだよ?」
「恋人言うな!!!」
「……ひゃっ、……ごめんて。だって、本宮さんのセクハラ凄かったし……」
収録スタジオのあるビルから駅へ向かう道すがら、上着のポケットへ手を突っ込んで歩くユウを、おろおろと追いかけてミキは弁解していた。プンプンと怒っている小柄なボーカリストの耳が、心なしか赤く染まって見える。女王様気質で口が悪いこのバンドリーダーは、それでいて人一倍シャイだということをミキはよく知っていた。
「お前と付き合った覚えはねえし、お前も俺と付き合ってるとかミリも思ってねえだろ、ってか冗談じゃねえわ」
猛烈な勢いで断固否定されて、ミキは苦笑する。確かに思っていないし、思う筈がない。
「そ、それは僕もそう、だけど……」
しかし、嘘も方便と言うではないかとミキは心の中で言い返したが、角が立つので口にはしない。口にしなかったが、既に角は立っていた。
「てめえがそこで肯定すんな、思っててもすんな、気ィ悪いわっ!」
「ご、ごめんなさい……」
即座に罵倒され、条件反射でミキはまた謝る。謝りながら、じゃあどう言えばよかったのだと思う。まさか、「そんなことないよ、僕は本当に付き合ってると思ってたよ」とでも言えばよかったわけではけっしてあるまい。そんなことを言えば、罵倒で済むはずない。良くて解雇。最悪……燃やされるのかな、と考えミキは一人でブルブルと頭を振った。
「何やってんだ、……ったく、てめえはよぉ」
目の前の美人が未だに顔をプンプンと膨らませながら、腕組みをした。クリスマスイブの寒空に、身体じゅうから怒りで湯気が立ち上りそうだ。
結局のところ、一度怒ったユウに、何を言って謝ろうが、暫く機嫌が戻らないのだ。
「あの、でもさ……ユウが僕を助けてくれたのは、感謝してるんだよ。本宮さん押し強かったし、元はと言えば、一人でちゃんと断れなかった僕が悪いんだけど、……でもね、実はあれって、ただふざけてただけだと僕は思うんだ。いや、わかってる……そうじゃなかったかもしれないし、だからユウには、感謝してるって言ったんだ。そして、そういうとこ、いつも優しいって思う」
「うるせー。お前が鈍臭せぇのが悪いんだろ!」
「ははは、そうだよね。まあ、僕のはきっと、からかわれてただけだと思うけど……でも本宮さん、ユウにはたぶん、本当に誘ってたと思うよ。話が具体的だったし。しかもユウ自分で思ってるほど、あしらうのが上手くないよね」
「てめぇ、何が言いてぇ?」
「ユウはいつも僕を鈍臭いとか、ぶりっ子とか、なよなよしてるとか言うけど、本当に隙だらけなのは、きっとユウの方だから気を付けた方がいいよ」
「何言っ、……てめぇっ……」
「ああいうナンパも、自分だって逃げられないのに、捨て身で僕を助けてくれたりしてさ、……わがまま女王様なのに、結構お人よしだよね……」
「お、お前なぁ……うわっ」
振り返った真っ赤な顔にハイビームを直接受けて、ユウは思わず声を出し、掌で目元を遮った。
「わあ、美人お局だ!」
ガードレール越しに見知った男が顔を覗かせ囃し立てる。目立つ黄色いポルシェの運転席には、フランス人クオーターの目立つ美男子。
「ジン、わざわざ来てくれたの?」
ミキがガードレールを乗り越えて、少なくない交通量に注意しながら助手席側へ回り込む。楽屋でミキが本宮に言っていた『約束』は、その場限りの出まかせではなかったようだ。
「早くミキちゃんに会いたかったからね」
ニコニコと顔を緩ませながら、ジンはブレーキペダルからパーキングに切り替えて、ハザードランプのスイッチを押すと、間もなくミキを車へ迎え入れた。だが、出発する気配がない。どうやら暫くここで停車するようだ。そこらへんに駐停車禁止の標識がないか、ユウは目を皿のようにして探したが、残念ながらなかった。
「誰がお局だ」
今年のクリスマスイブはいつもより少し寒く、日が沈むころには雪が舞っていた。駅に向かうこの通りは、肩を寄せ合う恋人達も多い。こんな夜に、ミキが一人でいる筈もなかった。しかしその相手はどうやらジンらしいと判明して、ユウはほんの少しだけ安堵した。
「やだなあ、ただのお局じゃなく、ちゃんと美人お局って言ったわよ。イケメンなだけじゃなくセンスもあるのね、本宮魁」
「どこがだ!」
「だって、スタジオじゅう爆笑してたし、コメントも超盛り上がったじゃないの」
「どうせてめえも打ってたんだろ」
「えっ、嘘……なんでバレたのっ!?」
「メンバーがファンと一緒になって騒いでじゃねえぞっ!」
「……まあまあ。で、これから僕らマリンホールに行こうって言ってるんだけど、ユウも来る?」
きゃあきゃあと騒ぐフランス人クオーターを押さえ込むようにして、ジンの肩越しに顔を覗かせながら、ミキがユウを窺う。
「俺は……」
「ええ〜」
遠慮するつもりではあったが、ユウが返事をするより早く、ジンが不平の声を上げた。
「(怒)! 誰がてめえとイブに飲むかよ(怒)(怒)(怒)!!!」
ユウは人目も憚らず怒鳴り散らすと、自分達より2歳年下のベーシストがまたきゃきゃあと大騒ぎする。
「ハハハハハ。そうそう今日はイブだからね。こんな夜には一緒に過ごしたい相手が、ユウにだっているでしょ」
「あ……そうか。ごめん」
「るせーよ……」
ミキがなんとも言えない複雑な表情をして目を逸らした。ユウも、ぶっきらぼうに目を逸らす。二人の反応にジンだけが苦笑した。
「いやあよー、やめてそのムード。無理みー。……っていうかさあ、あのイケメン俳優、あからさまにユウへ色目使ってたっぽかったし、……真面目な話、早めに連絡してあげなさいよ。なんなら、既に連絡来てるんじゃないの? ライン見た?」
「てめえに関係ないだろ」
「へえへえ。そっすねー。じゃ、まあ。そういうことで。……お互い素敵な聖夜を」
わざとらしいウインクを見せつつ、流れるような動作で、シフトレバーをドライブに入れ、アクセルを踏みこむと、テールライトの赤い光だけを残して、静かにポルシェが遠ざかっていく。
「……死ねよ気障野郎が」
心にもない毒を一人で吐き、車が完全に見えなくなってから、ユウはデニムのポケットからスマホを取り出す。
「あっ……」
待ち受け画面には一件の通知。
『会える?』
番組終了直後に届いたラインのメッセージを見るなり、ユウはスマホを握りしめたまま、駅へ向かって走った。
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