「ユウさんお疲れ様でした。凄いですよ! 9時台の視聴者数一万五千で、コメント数も番組史上最高記録。登録者数倍増です! ユウさんとミキさんの、ツッコミとボケの役割分担まじ最高ですね!」
「そりゃどうも」
収録を終え楽屋へ向かう道すがら、走って追いかけて来た担当ディレクターが興奮気味に話しかけ、ユウは引き気味に返事をした。番組後半に俳優が言った「可愛い新人OLと美人お局みたいだ」という発言が見事にはまって、仕舞には視聴者コメントの大半が、「美人お局」で埋め尽くされてしまった。それは天然キャラのミキと、罵倒気味にツッコミを入れるユウの、外見的印象や関係性を絶妙に形容していたかもしれないが、当初の目的が目下ツアー真っ最中の3rdアルバム『peak』のプロモーションと、些か売れ残っている地方公演チケットの販売促進ということを考えると、人気番組とは言え、この出演が正しかったのかどうか疑問が残るところであった。何より、同い年なのにお局呼ばわりは不名誉だ。
「また呼びますんで、絶対出てくださいね!」と続けるディレクターへ適当に相槌を返しながらドアノブへ手をかけたユウは、内心溜息を吐きながら大きくドアを開いて、そのまま絶句した。
「……えっと、この後ちょっと約束があって……」
「じゃあさ、連絡先だけ教えてよ。雰囲気の良いバーがあって、君も絶対気に入ると思うから」
つま先立ちのギタリストと、その顔の隣に手を突いて相手に顔を近づける俳優がそこにいた。本宮の本業はもちろん役者だが、優男のミキを相手に壁ドンを堂々とやってのけるその光景は、「10時台恋愛ドラマの恋敵役」として見慣れた彼の本領発揮とばかりに、サマになっている。大柄ではないとは言え、ユウよりも僅かに上背で勝つミキが、口説かれるドラマのヒロインに見えるのもどうかと思うが、そんなことはともかく。
「いやあ、ちょっとそれは……」
言いながらミキが目を逸らし、耳の辺りをポリポリと掻く。
「恋人が怒るのかな? でもさ、僕はただ仕事の打ち上げで一緒に飲みたいなあって思っただけなんだけど、彼氏、そんなに嫉妬深いの?」
「ええと……ははは」
ミキの視線が逸らされ、床をうろうろと伝い、そのまま自分を見るかと思う寸前で本宮へ戻って、大きな瞳が細められる。くしゃっという言葉で表現したくなるような絶妙の苦笑いで、また耳を掻く。初対面の男に大して「彼氏」の心配はどうなんだと思いつつ、一瞬脳裏を見知った顔が掠めて、ユウは胸がチクリと痛む。
次の瞬間ミキが背中を預けている白い壁がドンと大きな音を立てた。
「ひっ」
「……うわあ、びっくりした」
ミキが掠れた悲鳴をあげ、さほど驚いてない顔で本宮がゆっくりとこちちら振り返る。
「だから、……そういうとこだって言ってんだよ」
拳を壁に当てたまま、ユウが唸った。
「おっと、怖い怖い……。なんなら、キミどうかな。ねえ、グランドイースタンホテルに『ダルトビラ』ってダイニングバーがあるんだけど、地中海バカンスをコンセプトにした素敵な内装でね、石壁から大砲とか突き出てるんだよ」
急接近してきた本宮が肩へ腕を回して、今度はユウを誘い出した。
「しつけえぞ、おっさん! 砲身にブチ込まれてえのか」
「ハハハ、キミ本当に面白いよ、最高だ。もう深夜だけどね、ダルトビラのバー部門は3時まで営業してるんだ」
「断ってんだろ、とっとと帰れよ!」
「美人なのに口悪くていいね。そういうとこ凄く好みだよ。カバやピンチョスも評判が良いお店でね、雰囲気満点なんだ」
「話聞けよ! カバもキリンも興味ねえんだよ」
「3時に店を放り出されても、心配いらないよ。上がホテルで僕は特別会員だから、いつでも最上階のキングサイズベッドを用意出来る。なんなら、適当に切り上げてスイートルームでゆっくり過ごすのもいいさ。きっと、朝まで飽きさせないよ」
「きもいんだよ! 何の話してんだ、1ミリも脈ねえって、どう言えばわかるんだよ!」
「あははは、怒った顔もますます可愛いね。早くベッドで蕩けさせたいなあ……っていうか、真っ赤だね。ひょっとして君、処……」
「うぉっ!?」
突然強い力で腕を引っ張られて転びそうになり、ユウは寸でのところで足を踏ん張った。次の瞬間、引っ張られた方向からぎゅっと抱きつかれる。
「ぼぉ、僕ら、付き合ってますんどぅえっ!」
「!!!!!?????」
自分を抱きしめているミキが、言い始めも言い終わりも嚙みながら、二人の関係を一方的に声高く第三者へ宣言していた。了承のない唐突な交際宣言に、ユウは叫びそうになる気持ちを一世一代の忍耐でぐっと堪え、予測不可能な自然災害にも等しい衝撃をどうにかこうにか凌いだ。
「そ、おういうことなので、しししし失礼しま……っすっ……」
「あーーーー、うん、お疲れさま……」
凍り付くユウを、冷凍マグロのように抱きしめながら楽屋から引きずり出し、早々にスタジオをあとにするミキ。されるがままのユウ。その背中へ本宮は、呆然とした顔で気の抜けた挨拶を投げかけた。
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