「それで、頭からとろろ蕎麦を浴びて店を出て行ったわけですか?」
「熱いしびしょ濡れだし痒いし、もう最悪だよ」
 司会の女性タレントの問いかけにユウが応えると、スタジオが笑に包まれた。生配信中のモニター画面が「wwwww」、「とwろwろw蕎w麦w」、「よりによって、とろろwww」といったコメントでみっしりと埋まる。
 ふたりは目下、デビュー三作目にして、後にカラーレス史上最高のヒットアルバムとなる『peak』ツアーの真っ最中である。地方公演を終え東京へ戻って来た彼らは、主要ドーム連続公演を一週間後に控え、プロモーションを兼ねた番組出演をこなしていた。この日はインターネット配信のクリスマスイブ特番にゲストで呼ばれ、ユウとミキの二人が登場直後に視聴者数が一万人を突破した。
「だって、止めてもユウが聞かないから……それにおじさんのとろろ蕎麦はちゃんと弁償したよ」
「そういう問題じゃねえから。……ね、こいつズレてるでしょ? だからすぐ絡まれて、俺が面倒被るんです」
「ミキさんらしいというか……」
 言いながら司会の今原由衣(いまはら ゆい)がモニターへ目を移すと、「弁償www」という草やコメントを上回る勢いで、今度は「ミキ可愛い〜」という女性ファンらしき多くのコメントが画面を覆いつくした。
「はははは、まあ弁償は大事でしょ。おじさん、とろろ蕎麦食べられなくなっちゃんだから」
 番組準レギュラーである、俳優、本宮魁(もとみや かい)がフォローすると。
「大事ですよね! 弁償はしたけど、ラストオーダー終わってたから、おじさんには悪い事しました」
「そりゃ、気の毒だね……」
 本宮がニヤニヤとミキを見つめる。
「ミキさんて本当、天然ですよね……」
 今原がしみじみ言うと。
「ちげぇよ。昔っからだから。こいつの計算だから」
 ユウが荒っぽく否定した。
「計算なんですか?」
「計算だよ。スマホ出せって言ったら、リュックからエアコンのリモコン出したり、車でスーパー行って歩いて帰ってきたり、それ指摘されて真っ赤になりながら上目遣いに、またやっちゃった〜って言ってる頭に、桜の花弁まで付けてるんだぜ、ムカつくだろ?」
「あ……ちょっと、わか……いや、そんなことないです」
「可愛いじゃないか」
 本宮がフォローに回ると。
「そうですね、ミキさんは天然ちゃんということで」
「おい女、今わかるって言いかけただろう!」
「え、はい……まあ」
 ユウに失礼極まりない物言いで指を差されて、今原が冷や汗を掻きながら言葉を濁した。
「人を指さしちゃいけないんだよ」
「うるせえんだよ、クソぶりっこが。お前の話してんだから、ちゃんと付いてこい!」


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