「真剣だからだよ」
いつになく、低い声でハビが言った。辺りは通勤ラッシュの雑踏に囲まれ、エスパニアの都市部では聞き慣れた、ひっきりなしのクラクションが、あちこちから聞こえている。いつのまにか、駅前のロータリーに到着していたのだと、今更ながらに気が付く。
「そんなの・・・」
当然だ、そう言おうとした。
「わからないかい? 篤はあの子を真剣に愛してるから、そんなに苦しいんだ。君の恋人も、君との恋に怯えてる・・・それもまた真剣だからだろう。その理由を考えたりはしない?」
理由・・・そう聞いて僕はろくに考えず口を開いていた。
「そんなの、あいつが・・・」
「それが選択肢の先に過ぎないと、考えたことはない? 選ばせようとしているのが自分だと、少しでも思ったことは?」
峰が選択肢の先・・・そう仕向けたのが、僕だと? 冗談じゃない。
「僕はさんざん待った。何度も、何度も彼を口説いた、それでも・・・それでも秋彦は、僕について来ようとはしなかったのに、これ以 上何をしろって・・・」
「そう・・・やっと出てきたね」
「え?」
「秋彦・・・それが君の愛している人の名前」
いつのまにか、口にしていた。
原田秋彦(はらだ あきひこ)。僕が最も愛し、そしてこの先も愛し続けることだろう、ただ一人の名前。けれど。
「そうだよ・・・愛してる。だからこそ、どうしたらいいのかわからない」
秋彦はどうするつもりなのか。春からも日本に残って、何年も僕と離れて、それで平気なのか・・・。そして、いつのまにか峰の物になってしまうつもりなのか。なぜ、僕と一緒にエスパニアへ来てくれないのか。
「君が心の重しを取り除き、愛する人の名前を口にしたように、君も秋彦の心へ手を差し伸べ、暗い谷底から二人で上がってこないと・・・だって秋彦が踏み出せずにいる重い原因は、口にすることも出来ないほど、彼自身を苦しめてるに違いないんだから」
「どういうことだよ・・・それ」
僕が、秋彦へ手を伸ばしていない? 秋彦が僕といられない本当の理由は他にあって、それを口にも出来ないほど悩んでいる・・・僕が彼を苦しめているっていうのか?
「さあね・・・もちろん僕は秋彦と話したことも会ったことすらもないんだから、全部憶測にすぎないけど、ただ・・・僕が彼の立場なら、心底惚れた相手とどこまでも添い遂げたい・・・それこそ国境を超えることなんか、問題じゃない筈だって思うから。それを出来ない理由を篤が納得する形でまだ聞けていないというなら、今君が想像しているような、簡単な問題じゃない筈だよ」
「他に好きなやつが出来たから・・・そうじゃないってこと?」
「確かに、君が認める程の男なら、相当なライバルだろうし、放っといて君も安泰とはいかないだろうけど・・・」
「慰めてるのか煽っているのかどっちなんだよ」
「ハハハ、日頃は自分が煽り体質なだけに、逆転すると君は打たれ弱いね・・・確信が持てないから、君は不安なんだろう? だったら、そんな下らない杞憂は本当の理由じゃないよ」
「そういうものかな」
峰が原因というわけじゃない・・・なら、本当の原因は何だ?
「秋彦の足を縛って身動きさせない本当の問題が他にある」
苛々とする。
「だから、それは一体・・・」
「愛しているなら、それに気が付いてあげるのが、君の務めなんじゃないのか」
08
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