「・・・・・・それだけ!?」
肝心な主旨をごっそり聞き落としてんじゃねえっ! という心の叫びと、僕は基本的にツッコミ属性じゃないんだから、いい加減に自己修正をかけてほしいという私的な糾弾を視線に強く込めつつ、目の前の金髪頭へカップのチョコラテをぶちまける妄想を続けて、徒労しかもたらさないハビとの会話を一区切りにした。
終始このような感じで、ハビから重要な情報を聞き出す作業は困難を極めたが、それでもどうにか時間をかけ内容を精査するに、FDCの糾弾街宣をしようという計画を僕に持ちかけてきたようだった。
FDCはエスパニアにおける一条建設の有力なライバル会社だが、独裁国家、北マニャナルミノサ共和国への重機不正輸出や、脱税疑惑で官庁から再三ガサ入れが入ったり、社長が実刑を食らったりと、スキャンダルが相次ぐ問題の多い企業でもある。しかしながら社員は軒並み優秀で、父が一条建設の現チューファ支社長、セサル・ゴンサルボ・モリーナを自ら引き抜いたのも、このFDCからだ。
そしてハビは黒い噂が絶えないゴンサルボをマスコミへ売り飛ばし、引きずられる形でラストロ支社、ひいては一条建設の企業イメージが傷つけられた。結果として、真偽の不確かな所属企業の不利益情報を大々的に喧伝したにすぎないハビが、一条建設を実質的に解雇されたことは、当然の結末といえるだろうが、ハビが公開した疑惑へ一条建設が真摯に向き合い、コンプライアンスにのってって内部調査する義務があったことは僕も認めるところだ。彼の行いをただの背任と切り捨てるつもりは僕にもないし、何より僕を信頼すべき友として愛してくれているハビを嫌いになれるはずもない。
しかしここで注意すべきは、要するにハビが相当なアナーキストという点にある。常時物事を大きく捕らえては、騒動を起こした挙句、ほんの小さな蝋燭の灯りへトラック一台分の火薬をぶち込んで、大爆発させたがる。相手が政府だの大企業だのという、体制側、権力側であるほど、反骨精神もてあますハビの情熱は燃え盛る傾向にあるようで・・・見たことはないが間違いなくベッドルームの天井に、ベレー帽を被ったロン毛で髭面のおじさんのポスターを貼ってるに違いないと僕は確信している。
そしてゴンサルボ斬首計画についてだが、もちろん本人を引きずり出して生首を切り落とすというような犯罪計画ではなく、ハリボテ人形にゴンサルボの写真を貼り付け、顔面に放送禁止ワードをスプレーした挙句、街頭宣伝の終了間際にその首をナイフで切り落とすパフォーマンスをしようというものだった。
僕が参加を断ったのは言うまでもない。
「えーっ、何がダメなんだよ?」
不満も露わにハビが抗議して唇を尖らせる。こんな表情がアラサーのくせに似合から腹が立つ。そして我が従兄が妻子を差し置いて男に走った理由が、この顔にあるんじゃないかと疑った。べつに不倫していることを糾弾しているのではなく、男に走ったことを侮辱しているのでもない。一条達也夫妻は利害一致のW不倫という狂った夫婦で、男に走っているのは僕も同じだから、そこを僕が否定出来る道理がない。ただ、三十手前にして未だに反骨精神をこじらせ中の困った反社会的オッサンのくせに、可愛い子ぶろうという魂胆にクソ腹が立つ。それが似合うのが、もっとムカつく。
「むしろ、悪趣味極まりないそのプランへ、良識ある一般人の僕からどうして賛同が得られると思ったのか、その方が不思議だよ。だいたい週明けには学校へ戻らないと、僕も卒業が危うくなるからね」
実際問題、しょっちゅうエスパニアへ長期滞在している僕の出席日数は、二学期にして既に足りていないのだが、そこは間違いなく父が手を回して、強引に卒業させるのだろうということも目に見えているから問題ない。入学以来全試験で首席か次席しかとったことはないし、そもそも偏差値50以下の城陽学院で、オール首席じゃないことが、本来であれば相当不味い。もっとも、僕が躓くただひとりの相手も、T大A判定の峰祥一(みね しょういち)であるため、常日頃うるさい父から、それについてとやかく言われたことはないが、個人的には上に立たれて最も面白くない相手でもあった。
「学歴だけがすべてじゃないさ。社会にでれば、きみがどんな学校を卒ぎょうしたかなんて、ほんのささいなもんだいだよ。世界にはもっとおおきな魅りょくがあって、どうしようもない不こうへいがまっている。ちいさな固定観念にとらわれてはいけないんだ。そしてわかいぼくらの手で、この腐りきった世のなかをかえていかないといけないのさ。かならずかくめいをおこせるとしんじて、いつも戦うきもちをうしなってはいけないよ」
「あなたはもっと社会を知り、大人として我慢する努力を覚えてください。自分では恰好良いこと言ったつもりかも知れませんが、その発言内容がいかに幼稚か、ちょっと平仮名の量で推し量るといいと思いますよ。とりあえず、現役高校生を目の前にして、自分を若いと表現するのは、恥ずかしいんでやめときましょう」
ハビを相手に常識論を口走った僕がバカだった。
「プラカードを持ってくれるだけでもいいんだ」
「しつこいね。ちなみにそこには何て書く予定なんだい?」
「たるみきったゴンサルボの腹から脂肪を引きずり出して、女房の***に詰め込んでやる」
「警察が中止してくれることを祈ってるよ」
反体制活動家は得てしてどぎつい表現を好むものだから、この程度のフレーズに動揺はしないが、これが従兄の愛人の口から出ているという現実には、溜息を止められなかった。
「君が来てくれないなら、リタに持って貰うしかないか」
「ちょっと待って、リタってまさか・・・」
嫌な予感がした。
「リタ・ルイス・ソロージャ嬢だよ。彼女はセレブだけど、素晴らしい公平な精神の持ち主だからね。さすがに人目につく活動ということで、最初は返事を渋ってたけど、ちょうど週末はチャマルティンでレアル・ブランコ対ラナFC戦があるから、ひょっとしたら岩見選手もどこかで見ていてくれるかもしれないよって言ったら、二つ返事で参加を決めてくれたんだ。きっと僕らの活動意義について、共鳴してくれたんだと思う」
「その成り行きで、どうしてリタがハビの危険思想に理解を示したと曲解したんだ? 今聞いただけでも、完全に岩見選手で釣りあげているだろう? っていうか、あんたら国民的アイドルのリタに、何させようとしてるんだ? ***なんて書いてるプラカを、広場で女の子に持たせるとか、セクハラどころか公開処刑モンの仕打ちだろうが。ゴンサルボ以前にふわふわしたいきさつであれ、参加を決めてくれた仲間を衆目の前で辱めて、どうするんだよ。というか、その返事の仕方は二つ返事って言わない」
このあと僕がリタ本人へ直接電話をして、週末はけっしてラストロへ行かないように注意し、本人だけでは信用ならないから、マネージャー氏へリタが怪しい連中と付き合いだしているので、交友関係へ気を付けるようにと忠告しておいた。友として、最低限の務めだ。
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