「あれって本人だよなあ」
天使の前で地面から大量の落葉を掌に掬い上げ、それを宙に放ち、赤や黄色の舞い落ちる木の葉を自分で頭から浴びている、アラサーの男がそこにいた。
やや長めの黒髪は、自然な癖毛で緩やかに後ろへ流され、アスリートにしては線が細い体格と、はっきりとした目鼻立ちは、美青年といってよい部類だというのに、やっていることは奇行と言うしかない。これもまた、見なかったことにした方がよいのだろうかと焦っていると。
「悪い、逆光だったわ。リテイク頼む」
「またですか? もう、やめましょうよ」
「もう一回だけ、な? ファンサービスと思って! みんな俺のツイート楽しみにしてるんだからさ」
「自分でやればいいじゃないですか、俺が撮ってあげますよ?」
「それじゃあ意味ねえんだよ。お前の顔のっけると、リツイートも動画再生回数もハンパねえんだもん! そのたびにフォロワー数一桁上がるしよお! 俺のアカウントなのになあ……(涙)」
「なんだか、すいません。でも俺のツイッターアカウントは過疎っぷりがハンパないんで、恨みっこなしですね」
「お前はオフィシャルばりの宣伝ツイートしかしないからだろ。少しサポーターを喜ばせる努力をしろな、カピタンなんだから。たまには自分を解き放て。ファンは裸の石見由信を見たいんだよ。とりあえず、わかったらリテイク頼むわ」
「煽っても、こんなところで脱ぎませんよ厳島P。逮捕されたら在留許可取消しで、仕事出来ませんから」
「誰がPだ。べつにお前にストリーキングを強要するつもりなんてないから安心しろ。っていうか、そんなの本名アカでアップできねえだろうが。というか、ここじゃなきゃ脱いでもいいって話に聞こえたぞ、石見君」
「本名じゃなきゃ、人の裸アップする気なんですか。……っていうか、念のために聞きますけど、今まで裏サイトへ流出とかさせてないでしょうねえ」
「え、何を?」
「いえ、なんでも」
それは大天使ガブリエルの御前で色々んな意味で危ない会話を繰り広げる、ラナFCの石見由信選手と同チームの厳島景政(いつくしま かげまさ)選手だった。厳島に促され、石見がまた地面から大量の落葉をかき集めて、木の葉のシャワーを浴びている……僕はとりあえず、知らない振りをして、先を急ぐことにした。
主将と副主将があの様子では、チームメイト同士が手を繋いでトイレへ入ったところで、その問題点を意識すら出来ないだろう。男同士で異常に密着していたとしても、トイレを散らかさないだけ、ずっとかわいいかもしれない。
来た道をさらに進んで生け垣で挟まれた細い通路へ入ると、目前に立派な噴水と、中央にビーナスのような女の彫像が見えてくる。噴水の周りにひとグループの観光客がタブレットを構え、良いアングルを探しながら、横歩きに少しずつ移動していた。生け垣に沿ってベンチが四脚設置してあり、そのうちのひとつには老夫婦が腰を下ろして噴き出す水の動きを静かに観察している。その光景は実にフォトジェニックだ。
ビーナスの庭を横切って生け垣道を抜け出ると、一回り小さな庭にでる。観賞用のベンチも用意されてないせいか、此所はいつ来ても閑散としているが、ビーナスの庭に比べると水量も少なく、彫像も置いてないものの、ここにも小さな噴水が設置され、彫像の代わりに、水面で遊ぶ一組のカルガモを見ることが出きる。カルガモは雄雌一羽ずつでどうやらカップルだ。
庭は何本ものポプラの木で区切られ、今の時期なら鮮やかな黄色で取り囲まれていることだろう。
03
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