「お前さ、新しい友達とかって出来た?」
 ボウルから色鮮やかなサラダを取り皿に盛って、細かく刻んだサボテンらしき物体をおそるおそる口へ運ぶ。ヌメヌメした感触だが、意外といけた。
「おそるおそる食うな、失礼な奴め。……というか、その質問は何のつもりだ?」
 座卓越しに峰が、非難がましい視線を寄越してくる。俺はハッとした。
 今でこそ俺や江藤と普通に会話をこなしている男だが、出会ったころの俺達は、峰の人見知りに随分と手を焼かされたものだ。確かに、この性格を知っている俺がする質問ではなかっただろう。
「悪かった。……そういや、バイト先ファミレスだったよな。お前、仕事先の人とちゃんとやれてんの?」
 己の非を素直に認めて謝ったうえで、不意に気になり話を変えてみる。
「今度はなんだ、母親みたいな質問しやがって。俺のお袋にだって、そんな心配をされたことはないぞ」
「忙しいご家族だからな。だって、お前の人見知りは筋金入りじゃないか。ファミレスなんてバイトだらけだろうし、そうしたら自然と帰りに飲みに行ったり、遊びに行ったりなんて機会が増えて、常時つるむ連中が出てくるってもんだろ? お前ハブられてたりしないの?」
「ウチのお袋が子供の心配をしないのは、別に忙しいことが原因というわけじゃないんだが……というか、さっきからそこはかとなく失礼な暴言が続いてないか? 前にも言ったが、俺は別に人見知りってわけではないし、バイト仲間が多いからといって、必ず飲みに行ったり、遊びに付き合ったりしなきゃならないってもんでもないだろうが。そもそも学生アルバイトというのは、社会勉強を兼ねつつ、親に頼り切らずに、少しずつ自身の生活を己の稼ぎで埋めて行くことが目的であって、稼いだ金で遊んでちゃ駄目だろう。それでは本末転倒というものだ。第一俺達はまだ未成年だぞ? 酒を飲むなど言語道断。そんな質問が出ると言う事は、よもやお前はバイトで稼いだ金で放蕩してるんじゃないだろうな? ……まったく。女子大のホール連中といい、文学部の厨房コンビといい、あきれた奴らばかりだ。まあ、最近はとんと喋りかけてくることもなくなったから、静かなものだが。……おっと湯が沸いたな。コーヒーでいいか?」
「うん、ありがとな」
 峰が厳かに箸を置いて、台所へ戻る。
 要するに、最初こそイケメン新人アルバイトの峰祥一は、例によってホールの女の子達から騒がれ、厨房の学生君達からもお誘いがかかっていたが、案の定今では見事にハブられているみたいだった。あれでちゃんと仕事が務まっているのだろうかと、目の前の友人が原因で険悪になっていることが想像に難くない職場環境を、少々心配してみる春の夜……。
 食後のコーヒーを飲みほし、ごちそうになったお礼に後片付けを受け持つ。その間に峰は、自分で風呂の準備をしに行った。
 ゆすいだ食器を水切りワゴンに重ねて、蛇口を戻し、シンク周りの水滴を拭う。
「悪いな」
風呂場から峰も戻って来た。
「いやいや、こちらこそ。……じゃあ、そろそろ帰るな」
 タオルで手を拭いて、鞄を取った。
「やっぱり帰っちまうのか?」
 手袋を剥ぎ取った骨っぽい手が、後ろから肩に重ねられた。
「帰るでしょ、そりゃ」
 目を見ずに答える。なるべく素っ気なく。
「そうか。……まあ、気を付けて帰れよ」
 三和土へ足を下ろすと同時に、肩から消える温もり。靴を履いて、ドアノブに手をかけた。
「ありがとうな。ごちそうさん、っおい……」
 不意に後ろから手を引かれて、姿勢が崩れる。足が縺れ、床へ倒れ込みそうになって慌てるが、思いがけず柔らかい感触が、肩先から衝撃を吸収していた。
「どういたしまして」
「何すっ……」
 顎を捉えられた次の瞬間、非難の言葉は中途半端に切り取られる。重なってきた口唇に何度も啄ばまれ、僅かに開いた隙間から侵入した塊が、上顎や歯列を擽り、こちらの舌へと絡んでくる。けっして友達同士のものではない、悪戯ではすまされないたぐいの、深いキス。 俺は峰と、もう何度、こういう触れかたをしてきただろうか……。
 遥か異国の地へ渡ったきり、卒業式にすら戻って来なかった男の面影が頭を過る。

 07

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