冬の早朝。
懐かしくも忌まわしい、『陽だまり荘』跡地に、何年も前から建っていたというコンビニ。
チューファで待っている。
羽織りの裾を手で払い、俺の呼びかけに振り返りもせず去って行ったあいつ。
不意に舌を強く吸われて、意識が呼びもどされる。
背筋を駈け上がってくる、覚えのある感覚。砕けそうになった腰を、上げ気味に引き寄せられた。力が強すぎて足が三和土から浮きそうになる。このままでは互いのものが触れあうような気がして焦った。拳を握りしめると相手の肩口に押し付け、目一杯身体を離そうと抗う。
すると苦笑のような低い吐息が聞こえ、生温かい風が頬にかかった。そして下口唇を惜しむように舌先でなぞられてから、漸く解放される。
薄暗い玄関先ですらわかってしまう、情欲の滾った峰の瞳。
「泊まって行く気になったか?」
鼓動が早い。
「なるかよ、バーカ」
動揺を気取られたくなくてすぐに背を向けると、今度こそドアノブを捻る。
熱く火照った顔に、肌寒い夜気が気持ち良かった。
「そうか」
感情の籠らない声が簡素に応答を返す。たった今、あれほど情熱的な口付けを交わした男のものとは、到底思えない落ち着きぶりが、憎たらしい。
「じゃあな」
「秋彦」
こちらも短く挨拶を済ませ、扉の向こうへ足を進めたところで、名前を呼ばれた。
「ん?」
再び不意打ちを食らわないように、今度はちゃんと振り向いて相手の目を見る。
「メールする」
「ああ」
切れ長の鋭い視線が俺を射抜き、情欲が消えたその真摯な眼差しに、心を揺さぶられている事実を認めないわけにはいかなかった。
fin.