『君を想う』


「はい、おまちどうさま。ディータ・デリヘル・アポストロフィとカプチーノ、それとおまけのカントゥッチ」
 窓際の席に座して、スマホで何か呟いているカレーマンに声を掛けると、赤いチェック柄のキュートなクロスの上に、大小の白いプレートとカップを並べた。
「わっ、美味そう! ディータ……何?」
 テーブルの物を写メりながら、働く俺にカレーマンが訊いてくる。
「ディータ・デリヘル・アポストロフィ。イースター島発祥の伝統的なイタリアン・ドルチェだ、カレーマン」
「イタリアの伝統的なドルチェなのに、イースター島なんだ。なんかエロイ。これってナイフとフォークでいいんだよね? 頂きまーす」
 カレーマンがクレープ菓子にとりかかったのを確認してから、忙しい俺は入り口へ向かい、待って貰っていたお一人様を奥の席へと案内する。
「ランチまだ行けますか?」
「大丈夫ですよ」
 カウンターでお一人様のオーダーを伝え、今度はレジ前に精算の男性客を発見したので向かおうとしたところで、オーナーの南方譲(みなみかた ゆずる)氏から呼び止められる。
「秋彦君」
「なんですか?」
「あのお客様は、まだいい。見てごらん、持ち帰りの菓子を選んでいらっしゃるのがわかるかい? あの方はいつも菓子が決まってから、声をかけてこられるんだ。それまでの対応は嫌がられる。それと秋彦君」
「はい」
「ディータ・デリ・アポストーリだ」
「はい?」
「君のお友達に教えていただろう。余裕があったらで構わないから、必ず訂正しておいてくれ」
 どうやらオーナーに、カレーマンとの会話を聞かれていたらしい。
 ランチタイムのラッシュがひと段落して、落ち着きを取り戻した店内は、BGMの緩やかなジャズの旋律が、聞きとれる程度に静かだ。厨房まで俺達の会話が伝わっていても、無理はない。
 ふと、男性客と目が合った。菓子が決まったのかと思い、レジへ向かおうとしたら、俺を見ながらニヤニヤと笑い、すぐに彼の視線が商品棚へと戻される。なんとなく、嫌な予感がした。
「あの……俺、どんな間違え方してましたっけ?」
 一応確認してみる
「当パスティチェリア・バールの風評被害に繋がるばかりか、場合によっては、風営法違反容疑で俺に出頭命令がくだりかねないレベルの間違いだ。ついでにディータ・デリ・アポストーリはイースターに食べる祭り用の菓子であって、イースター島は何も関係ない。ああ、どうやら決まられたらしいな。レジ頼めるか?」
「はい……」
 オーナーに促されレジへ向かうと、リーマン風の男性客からAランチの伝票を受け取り、ご所望のビスコッティを二つ、別々に包んで精算した。オフィスで違う部署のOL達にでも配るのだろうか。
「イースター島由来のデリヘルねぇ……いやあ、エロイエロイ」
 店先で包みを手渡し、頭を下げながらリーマンの背中を暫く見送った。そして、一人で小さくツッコむ。
「それは一体、どんなデリヘルなんだよ……って、俺が言ったんだよな」
 玄関先で顔を覗かせたリーマンから、「チェンジ」と伝えられて涙目になっている、繊細ななモアイ像を頭に思い浮かべつつ、俺は店に戻った。


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