コンクリートが剥き出しになった薄暗い通路を歩く。踏みしめる度に、靴の下で割れたガラスの破片や砂利が、ザラザラとノイズを立てる。 階段を何度か上り、差し込む光を目指して進むと、黒い鉄柵のゲート越しにグラウンドが見えていた。 瑞穂が知る限りにおいて、使われなくなって長いこの球場は、かつてサッカーやラグビー、その他の陸上競技にと、さまざまなスポーツの試合が開催されていた多目的スタジアムだ。白線は消え雑草が生い茂り、雨風や爆撃に傷付いたグラウンドは、広々とした空間が、却って物悲しさを漂わせていた。遠目に見れば、整然と並んでいるスタンドも、ところどころでベンチが不自然に途切れて、傷みが激しい。 錆びついた鉄柵に手をかけると、緩んだ蝶番が簡単に外れた。瑞穂はゲートを通過し、グラウンドへ向かう。コンクリートの石段へ足を進めながら視線を巡らせるが、閑散とした空間にあるものは、ただ役割を終えた空虚のみだ。人の足が途絶えて久しいグラウンドを後にすると、再びスタンドの下を探ることにした。 アサルトライフルを構えながら足を進める、チーセダは目立つ装甲車を所有していた。最も広々としたグラウンドにそれを隠していないとすれば、どこへ保管するだろう。 「車を隠せる、スタジアムのスペース……まさか」 弾かれたように顔を上げ、瑞穂は辺りを見回す。 「そこか……!」 煤だらけの壁面に、消えそうな黄色いペンキで大雑把に記してある矢印に従って、小走りに進んだ。 コンクリートの塗装が異なる下段の通路へ向けて、三段ほどのステップを一足飛びに下り立つと、さらに薄暗い通路へ入る。あまり隠れ場所になるとも思えないが、床から天井へ伸びている、比較的太さがあるパイプに身を潜め、瑞穂は目の前の空間を観察した。 ざっと二十台ほどが駐車出来そうなアスファルトがそこに広がっている。来場者用としては少々狭いため、あるいは従業員用の駐車場だったのだろうか。 長らく使用されていないここも、グラウンドと同じで管理が行き届いているとはお世辞にも言えない。アスファルトの表面は所々で抉れて土が剥き出しになり、酒のボトルや煙草の吸殻が放置され、ガラスや金属の欠片が散乱していた。 瑞穂はここへ至るまでに、階段を上ったり下りたりを繰り返して、すっかり自分がどの階層に立っているのかがわからなくなっていた。このスタジアムは迷路と言ってもいい。往時はさぞかし迷子アナウンスも絶えなかったことだろう。しかし、出口と思われる突きあたりの緩やかなスロープの先が仄明るく見えるところから察して、幸いこの駐車場は半地下ぐらいの位置にあるであろうと察せられた。 天井からは等間隔で、太いコンクリートの柱が伸びており、それらが巨大建築物の一画を支えていた。コンクリートの柱には、それぞれの区画を示す英数字が割り振られ、向かって中央よりやや左側にあるA3番からA10番の柱付近に目指すものがあった。 瑞穂はアサルトライフルを握り締めて息を呑む。 乗用車を改造した装甲車輛が四台と、機関銃や高射砲を搭載したハイロックスが三台並び、銃や手榴弾といった火器が駐車場のあちこちへ無造作に集められている。マルネイストアの屋上から、双眼鏡で空き地を臨んだときより、はるかに内容が充実していた。間違いなく空き地からこのスタジアムへ武器は移動され、ここがチーセダの武器庫であることは確かだった。あれらを破壊すれば相当の痛手になる筈だ。 SAK-47を構え直し、瑞穂はアスファルトへ一歩踏み出した。 「いけないなあ……女がこんなモン振り回しちゃ」 こめかみに固い感触を押し当てられ、手の内から小銃を取り上げられる。壁際へ監視が潜んでいたことに、瑞穂は気付いていなかった。相手はいつから瑞穂を見ていたのだろうか……あるいは、ずっと気付かれていたのかもしれない。 肩を強く押されて、瑞穂は地面へ正面から倒れ込んだ。ストラップが抜け、SRPG-7が転がり落ちる。 「つッ……」 掌を突いた瞬間、皮膚に伝わる鋭い感覚。そこは地面が抉れて、大きな砂利がゴロゴロとしていた。起き上がろうとして、後ろから無造作に髪を引っ張られる。 「放してッ……」 顔を仰向けにされ、背を逸らした瞬間、一斉に下卑た歓声が上がるのを聞く。 「おいおい、またそんな格好で、俺を誘いに来たのか?」 真夏だというのに、相変わらずレザーの上下に身を包んでいる獣が、目の前に腰を下ろし、無造作に手を伸ばす。獣の手を払おうとした瑞穂は、身を捩り、防御の手を前に出そうとするが、今度は背後から両肘を捕えられて、身動きもままならない。 「触るな、畜生ッ……」 剥き出しの乳房をグイッと掴まれ、瑞穂は顔を不快感に顰めた。 「そんなつれない態度はないだろ、バージン捧げた男だぜ、俺様は」 「生憎だったね、初体験は別の男だよ。……うわあッ」 引きちぎらんかのような力強さで、左の乳房を握り締められ、痛さに瑞穂は顔を染める。 「さぞかし、ヘタクソな野郎だったんだろうよ。痛くて最後まで出来ず、断念したクチか? 可哀相になあ。いきがったところで、お前はどう見ても処女の反応だったぜ」 「ヘタクソはそっちでしょ」 瑞穂が罵った瞬間、アグリア人達の間に失笑が起こり、パジュは忌々しそうに舌打ちをする。 「減らず口はそこまでにしといた方がいいぜ、状況がわかってんのか?」 乱暴に手を下ろすと、布地を一気に引き裂いた。乳房が片方剥き出しになっていた、Tシャツの破れ目を裾まで下ろされ、瑞穂の素肌が獣達の目に晒される。 「たまんねえな……」 両肘を抑えていた男が身を乗り出し、肩越しに瑞穂の胸を覗き見た。上擦った声で、それがアロハの三下だとわかる。 「おい、しっかり抑えてろよ」 パジュが下っ端に指示をする。今度はボトムに手を掛けられた。 「放せ、馬鹿ッ……!」 志貴に触られたあと、ファスナーこそ上げたが、前ボタンとベルトのバックルは、閉めていなかったその場所は、パジュに生地を掴んで引っ張られただけで、簡単に腰が露わにされた。下着ごとデニムが腿まで下ろされる。 「おいおい、さっそく濡れてやがる……やっぱり感じてたんじゃねえか」 「誰が……嫌、触らないでッ……」 片足ごとに履いていたものを抜き取られて、あっという間に瑞穂は全裸にされた。アスファルトの抉れた表面が、もがくたびに柔らかい皮膚を容赦なく傷つける。両脚を掴まれ、膝を胴側へ曲げるようにして、股間を広げられた。三下が手を放し、瑞穂は背中を地面に押し付けられた。 パジュが顔を股間へ埋め、熱い感触が陰部に触れる。 「や、やあっ……」 「俺がヘタクソかどうか、その身体で確かめてみるんだな」 苛立ったようにそう言い捨てると、熱を持った塊が襞を押し分けて侵入する。瑞穂の言葉は、少なからず目の前の男のプライドを傷付けたらしいと漸くわかった。 志貴が言っていた警告を思い出す……アグリア人は、メンツを何より重んじる民族だと。 クチュクチュと音を立てながら、長い舌がうねる。塊が陰唇の狭間を出入りするたび、瑞穂はゾワリとした感覚に身を震わせた。 乳房には、ニヤけた顔をした三下が、頭上から覆い被さるようにして手を伸ばしている。別の男は瑞穂のペニスを弄んでいた。 「ん……あっ……ああ……」 ついさきほど、志貴に気をやられていたせいだろうか、身体の神経が性感と直結しやすくなっている気がした。 視界に茶色い木の先端が見える。瑞穂はゆっくりと手を動かすが、獣達の顔に変化はない。腰を揺らし、甘い声を口から迸らせる瑞穂の媚態に油断しているのだろうか、相変わらずその身に触れて、下卑た笑いを浮かべるだけだ。 「あんっ、あんっ、ふ……んんっああぁ……」 身を仰け反らせながら、瑞穂は腕を高く振りあげ、手探りで床の物を手繰り寄せた。ストックをしっかりと握りしめ、一気にアサルトライフルを振りおろす……そうしたつもりだった。 「何をしてる」 SAK-47のバレルを握りしめた男が、冷たい目で静かに瑞穂を見おろしていた……例の喫煙男だ。 「おっと……、おイタは感心しねえなあ……ソイツを貸してくれ」 瑞穂の股間から顔を上げたパジュが、煙草を咥えた男からSAK-47を受け取り、瑞穂の目前に掲げ持った。 「せっかく良くしてやろうと思ってたってのに、こんなモンに気を奪われやがって……それとも、そんなにコイツが好きなのか?」 「ひっ……」 銃口を顔に向けられ、瑞穂は短く悲鳴をあげる。パジュがニヤリと笑った。 「だったらリクエスト通り、お前にくれてやろう」 吊りあがった目を眇めながらそう言うと、再び脚を大きく広げられ、そこに固く冷たいものを押し当てられる。 「ひいっ、やめ、やめて、そんなのッ……」 抵抗するが、肩を床へ強く押さえつけられ、身体の自由はまるで利かない。眼下へ広がる信じ難い光景に、瑞穂はこれ以上もないほど、両の目を大きく見開き凝視した。 充分に濡れていたため、意外なほどそこは痛くない。フロントサイトが襞で一旦引っ掛かり、グイグイと力づくで押し込んでしまうと、みるみるバレルが胎内へ呑みこまれていく。 「うわ、すげえ……エロすぎ」 三下が身を乗り出し、アサルトライフルを咥えこむ陰部を食い入るように眺めた。 「こんなもん突っ込まれて、平気なオンナ初めて見たぜ……ユルユルじゃねえか」 目元に傷を負っている男が、呆れたように言い放つ。正面ゲートで瑞穂と格闘した、サングラスの男のようだ。 「そうでもねえぜ。美味そうに食い付いてやがる……ほら、見ろよ。ちょっと引っ張ったぐらいじゃ、抜き取ることも出来ねえ。こんな鉄の筒突っ込まれて感じてやがるぜ」 「んなわけ……ない……んあぁっ……やめっ……」 フロントサイトのでっぱりが、内壁に食い込み引っかかっているのだ。少々引っ張ったぐらいで、抜けないのは当然である。 パジュはストックをわしづかみ、無理矢理突っ込んだときと同じように、力づくで出し入れさせた。粘膜が掻きまわされ、引き抜かれる度に、サイトにひっかかった体液が、陰部から掻き出される。 「どんどん溢れてくんじゃねえか……コイツやっぱり、ビッチだな」 バレルを出し入れするたびに、水音が漏れる。摩擦が熱を生み、擦りあげられた場所が徐々に熱くなっていく。 「ライフルの銃口突っ込まれて、こんだけヨガってちゃあ、弾が飛び出したら、どうなっちまうんだろうなあ」 ストックを動かしながら、パジュが顔を覗き込ませ、ニヤリと笑う。 「何、言って……」 カシャリとチャージングハンドルをスライドする音が聞こえ、既にボルトに収まっていた弾が強制排莢されて、次弾が送り込まれる。 「昇天しちまうかもな……」 獣の指がトリガーにかかった。 「ひ……ひいっ……」 瑞穂はガタガタと震えだす。 「バアン……!」 パジュが叫び、続けてダダダンと小銃を連射する音がどこかで響く。 「うわあああああああああああああああッ……!」 その身を襲った解放感と、生温かい感触、そしてアンモニア臭。 「きたねえ……漏らしやがった」 嘲笑するような声と同時に、瑞穂は自分が恐怖で失禁したのだと理解した。 陰部からは相変わらずSAK-47のバレルが生えており、トリガーに指をかけたパジュは、瑞穂が放物線を描きながら放ち続ける尿をその手に浴びている。一層欲望でギラついた目はまっすぐに瑞穂へ向けられていた。 パジュは漸く銃から手を放すと、頭上へ回り込み、瑞穂の上半身を支えた。 背後から腿に手をかけられ、股間を割るようにして腰を抱えられる。臀部に固い感触を感じたと思った直後、先端で後孔を探られ、塊をグイグイと押し込められた。 「あっ…ああっ……」 弛緩して下半身が濡れていた瑞穂の身体は、少しの抵抗を試みただけで、あっけなくそれを呑みこんでしまう。 それからは、獣達のいいように弄ばれた。後ろをパジュに、陰部をアサルトライフルに犯され、バラバラのリズムで揺さぶられる。 「舐めろ」 いつの間にか傍に立っていた、あの傲慢な冷たい視線の男に、いきりたったペニスを突き出された。瑞穂が顔を背けると、無理矢理頭を押さえられ、口を開かされて、奥まで剛直を突っ込まれる。全ての孔を塞がれ、嬲られ続けた。 「うおっ……いいぜ、すげえ締まる」 背後から乳房を揉みしだきながら、パジュが呻いた。初めて受け入れる後ろの孔は、ひりつき、揺さぶられるたびに断続的な痛みを脳へ伝えた。アサルトライフルのストックをわしづかんだ三下は、先端で子宮を突きながら、魅入られたように捲れ上がる陰部の動きを凝視している。 「ふっ……」 瑞穂は軽く息を漏らし、口元を緩ませる。 もしも妊娠しているのなら、その調子で犯してくれたら、勝手に流れてくれるかもしれない……。 瑞穂が腰をくねらせ、獣のペニスを喉まで咥えたまま、誘うように目の前の男へ目を向けると、三下はゴクリと喉を鳴らした。アロハを纏う獣は取り出した自分のものを扱きながら、もう片方の手で銃を操り、力任せに陰部を突いてきた。鉄の筒が子宮を叩き、火が付いたようにそこが傷みだす。苦痛に顔を顰めたとたん、背後で呻く声が聞こえた。 「うっ……くっ……」 後ろの男も荒々しく腰を使い、最奥へ熱い物を吐き出す感触が瑞穂に伝わった。醜い三下の獣も、自分の手中に射精している。口の中の塊がビクビクと波打ち、喉の奥へと苦い粘液が吐き出された。 「代われよ……」 パジュを押し退け、煙草の男が背後に回った。身体の支えが消えた途端、瑞穂はふらふらと床へ肘を突いてしまう。思っている以上に、消耗が激しい……これほどの乱暴な淫虐を受ければ、それも当然だろう。咽喉へまとわりつく感触が不快で咳き込むと、じんわりと視界が揺らめいた。 不意に駐車場への入り口で銃声が鳴り響く。そういえば、少し前から近くで銃撃戦が始まっていた。 瑞穂は奇妙に感じた。パジュと入れ替わりで、煙草の男が背後へ回ったものの、自分の身体は放置されている。後ろを開放されて思わず地面へ倒れ込んだきり、いつまでも寝かされたままだ。 また銃声が聞こえる。 「ひっ……ひいっ……」 自分の足元へ腰を降ろしていた三下が、目を剥きながら後ろの床へ手を突いた。傍らへドスンと誰かが倒れてくる。顔を見ると、自分を犯そうとしていた男が額から血を流し、目を見開いて瑞穂を見上げていた。パックリと空いたその口から、火種の消えていない煙草が唾液とともにポロリと零れ落ちる。 「てめぇ、舐めてんじゃねえぞ、こらッ……!」 駐車場の入り口で銃撃戦が始まっていた。目元に傷を負った男が、三十八口径のシュタームルガーを構え、入り口へ向けて発砲し始めた。 「瑞穂、大丈夫かッ?」 入り口では、遮蔽物になるとも思えないパイプの陰に身を寄せつつ、徐々に近づいてきた男が瑞穂の安否を気遣った。志貴だ。 「糞っ、一心会か……」 パジュがレザージャケットの内側からシュタームルガーを取り出し、銃撃戦に参加しようとした。よく見ると志貴は通路側からも発砲を受けており、一人で何人の相手をしているのか、想像もつかない。 「瑞穂っ……無事なのかと聞いているんだ、返事しろ……!」 通路への入り口から志貴が声を張り上げる。 のそりと瑞穂は起き上がると、未だに陰部へ突き刺さっているものに手をかける。 「んっ………」 バレルを握りしめ、用心深く抜き取ると、フロントサイトに血の混じった粘液が纏わりついた。陰部が焦げ付きそうなほど熱を持ち、下腹部が動く度にズキズキ痛みを発する。 トリガーに指をかけると、目の前にいる男へ近づき、銃口でレザーの大きな肩を突く。 「何し……んあッ?」 振り返った獣の間抜けに開いた口へ、瑞穂は銃口を突きつけた。さすがにアグリア人の大きな口といえども、フロントサイトが歯列に引っかかり、口腔へ深く突き入れるというわけにはいかないのが残念だ。 こんなものを、自分の胎内に今の今まで呑み込んでいたのかと考え、瑞穂は腹の底が煮えくりかえるとともに、己の節操がない身体を罵った。 「よくあれだけ、ふざけた真似をしてくれたよね」 ふらつく脚を必死に踏ん張り、指先へ力を入れる。 パジュの目がニヤついたように見えた。そして赤い舌がチロリと顔を覗かせたかと思うと、銃口へまとわりつき、先端に付着している瑞穂の粘液をペロリと舐め上げた。 羞恥に顔が染まる。そして頭がカッとなった次の瞬間、瑞穂は強かにトリガーを引いた。銃声が駐車場に鳴り響く。相変わらずの強い衝撃にバレルがぶれ、反動で倒れないように瑞穂は必至に足を踏ん張った。 目の前には、自分をいいように嬲り続けたケダモノの巨躯が、後頭部から血を流し、白目を剥いて倒れている。 「クソアマがっ、何してやがる……!」 後ろから襲いかかってきた三下をストックで殴り、そちらへ銃口を向けてトリガーを引く。アロハシャツが血に塗れてもう一匹の獣が膝をガックリと突いた。 セレクトレバーをオートに入れると、残っている獣達へ向けて連射する。チーセダの構成員が次々に倒れ、コンクリートの柱が抉れて、車輛の装甲が弾を弾き返す。三十発込められていたマガジンがあっという間に空になり、アサルトライフルを下ろすと、今度は足元に転がっていたSRPG-7に持ち替えて構えようとした。 「馬鹿野郎、こんなところで高威力対戦車砲ぶっ放す奴があるか」 素肌の肩にぬるりとした感触が触れ、振り返ってみると、血に染まった兄の手だった。 「兄さん……」 志貴は着ていたジャケットを脱いで弟の肩から掛けてやり、ロケットランチャーを奪う。瑞穂は力なく下ろした細い手をしっかりと握り締められた。 「ちいと手間取ってしまってな、……悪かった」 「そんなことより、怪我してる……」 「掠り傷だ……っと、来やがった」 志貴は血まみれの手でAM16を構え、向かってくるアグリア人達へ連射させる。瑞穂へ追い付くまでに、かなりの銃撃戦があったらしく、志貴の残弾数も少なくなっており、間もなくマガジンが空になった。 「畜生っ……」 志貴が舌を打ちながら遮蔽物へ隠れる。瑞穂は兄の手を握り締めて横顔を見上げた。 「ごめん……俺のせいで……」 志貴が振り返り微笑む。 「何言ってやがる……凄かったぜ、お前の雄姿。ホレボレしちまった……さすが、秋津叢雲の息子。俺の弟だ」 眩しそうに目が眇められた。すっかり髪が乱れて前髪が額に掛かり、いつもより若く見えるその顔が、ゆっくりと近付いてくる。瑞穂が瞼を閉じると口唇が重ねられた。そのとき、近くで凄まじい破壊音が鳴り響く。瑞穂の目を間近に覗き込みながら、志貴がニヤリと口唇の端を上げた。 「援軍到着だ」 立ち上がり、志貴が弟の手を再び引く。遮蔽物となっていた柱から出てみると、通路やパイプ、壁が弾痕で穴だらけになっており、そこらじゅうにアグリア人が血まみれで倒れている。さながら戦場だった。 銃撃戦の音が徐々に近くなる。外へ出ると、黒いグランドエースが目の前に停まっていた。 「社長っ……無事だったんすねッ!」 開かれたバックドアの奥には、AM2重機関銃が鎮座し、奥でリュウが手を上げながら呼びかけている。 「御苦労だったな!」 背後で再び銃声が聞こえた。リュウが膝を突き、奇声をあげながら機関銃を掃射する。 銃撃戦をくぐりぬけ、瑞穂は駐車場と表示された坂の前まで連れて行かれた。そこでSRPG-7を返される。 「えっ……」 「照準を合わせろ」 言われるまま瑞穂は弾頭を装着し、サイトを立ちあげ、高低差で直接は見えないものの、武器庫と思われる辺りを目標に捕えた。志貴がやや離れた傍らに立ち、耳を塞ぐ。間もなく、大型バイクが二台、……恐らくは、音信恋と水無瀬紅葉と思われる二人が、建物の向こう側から外へ向かい、続いて正面ゲートで煙が上がった。発煙筒だ。 「撃てッ!」 志貴の号令で瑞穂はトリガーを引く。アサルトライフルとは比較にならない衝撃が、身体を震わせ、瑞穂は腰を抜かして地面へ尻もちを突いた。 「うわ……何っ、これッ……?」 「………………!」 志貴が何か言いながら、瑞穂の身体を支え持ち、立たせてくれるが、全然聞こえない。射撃音の大きさで、鼓膜が破れたのではないかと思うほどの、とてつもない威力だった。周囲もバックブラストで白く曇っている。 「ちょ、ちょっとっ……」 戸惑う瑞穂からロケットランチャーを奪い肩へ掛け、その身体を横抱きにすると、志貴は正面ゲートへ向かった。 弾頭が命中したのかどうかはわからないものの、被弾した辺りでは激しい火の手ともうもうとした黒煙が上がっている。正門に残っていたのは、志貴のSクラスだけだった。他のメンバーは、既に現場を離れたのだろう。 地面へ下ろされ、瑞穂も助手席のドアを開けて車へ乗る。間もなく志貴も隣へ収まり、スタジアムを後にした。振り返ると、火の手はさらに勢いを増しており、数十分もあれば建物が全焼するように見えた。 車は交差点へ入り、アオガキ川沿いへ向かう。間もなく、仲間の元へ帰るのだろう。 11 |